夕暮れにネコが鳴く

ファンヒーターが届ける冬の匂いを鼻腔に感じながら、すこし前までずいぶんやんちゃだった西日の、すっかり丸くなった日差しに体を預ける。頭にあてがうものを探すが、そこには脱いだばかりの靴下しか見あたらない。しかたなく左腕を折り曲げて頭の後ろに添える。活字を目で追いかけ始めるが、数分もたたぬ間に断片化した記録媒体の最適化のため、瞼は半ば強制的に落とされた。

色が抜け落ちた空の下、白黒ボールが転げまわるグラウンドは寒々した風景を強調させていた。技術力のかけらもない同級生が、向かってきたボールに反応して力に任せて運動量を加える。ボールはネットを揺らすことなく、ゴール後方で昼の月になった。ゴール近くにつめていた私は自然と転がるボールを追いかける。ボールは転々と転がってグランド隅の砂山で息絶えた。ボールを持ち上げて逸る顔が並ぶ先に背を向ける。当時流行っていた、ボールと友達の主人公が得意技としていたオーバーヘッドキックでボールを返す。ボールは乾いた空にきれいな放物線を描いてグラウンドに戻っていく。それを落下しながら見ている。左肩が下を向いていた。
次の瞬間、────ぐしゃり、ばりばりばり。今でも耳が覚えている肉体の一部分が壊れる音。

薄暗い中で見慣れた天井が徐々に見え始める。頭上で絞り出すように野太い鳴き声で老猫が夕飯を急かしている。角膜に乗せているモノが乾いて焦点が定まらぬ状態で、そこに掛けてあるであろう先の時計を見やる。針が4時半ぐらいを指している感じは理解できた。この時期にありがちな朝方なのか夕方なのか混乱することは珍しく無かった。
記憶装置の最適化は不十分で、期待するほどのファイルアクセスの向上を感じることなく上半身を起こした。
薄暗い居間のソファーの上。右足に夕飯を悲願して見上げる老猫。

刹那。右端の視界に接近する指が数本見えた。

咄嗟に頭を下げて避けるが手は見えたままだ。意を決して立ち上がり、手の主を探すように身体をねじって時計回りで一回転するも、手の主はわからず手も離れることはない。
時計回りで自転を繰り返しながら、居間をうろつき、半ばパニック状態で助けを求め出た玄関先。姿見鏡の中で自身と目が合う。必死の形相が貼りついた顔の影で窮屈そうに90度に折り曲げられた左腕が後頭部にあった。左腕全体の感覚が無いことにやっと気づく。背中を嫌な汗が冷静につたい、足元で老猫がニャーゴと鳴く現実。必死の思いで後頭部から左腕を引き剥がし、徐々に左腕の痺れが抜けていく感覚を、頬を赤らめてこみあげる笑顔で受け入れた日曜の夕暮れ。