日本蛇舅母

帰宅して玄関ドアを閉めるやいなや、母屋のほうから靴音高らかに彼がやって来た。
蝶番を軋ませて開け放った玄関先から、自慢に満ちた声で私を呼ぶ。
返事はしたものの、ゴムベルトが汗でまとわりついて腕時計が意地悪した。

風通しの良さそうな容器(もの)を、そっと静かに両手で持ちながら、「今日さ、○○くんに貰ったんだよ」と彼は緑色した虫かごを見せる。
透明なプラスチックの開閉蓋の右上に、体長十五センチほどした爬虫類が格子にしがみついていた。

「貰ったって云うかねぇ、イモリと交換て云われたんだけどさ」と申し訳なさそうに私を伺い見る。
先達て、捕獲に成功した三匹のイモリに、すっかり情愛を寄せてしまったので、その週末、若手のトレード要員を探す事で交渉する様に云った。

早速、四十五センチほどのプラスチック容器に腐葉土を敷き詰め、庭に転がっていた石を重ねて隠れ家を作り、刺身用の小鉢に水を入れて設置した。

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彼は二三日も過ぎると、カナヘビに対する興味が、私が若い時分に経験した失恋の痛手のようにあっさりと消えてしまった。
それは、今回のカナヘビに限った事ではなく、ありとあらゆる、その時時で興味を抱いて持ち帰った生物に対しても同様の事だった。
おかげで、今後、将来的に、もし転職を考えた際に書くであろう、履歴書の趣味欄に「生き物の飼育と観察」と書き記す事が出来るくらいになってしまった。

云わば、彼が捕獲マニア、私が飼育マニア、と結果的にバランスが取れてしまった。

生き物を飼育する上で、一番厄介なのが生きた物しか食さない方々の餌の確保であって、今回仲間入りしたカナヘビ様も生き餌しか食さない部類だった。
彼に学校の帰り路、餌用にヒシバッタだのコオロギだのワラジムシなどを捕獲して来いと、毎日云って送り出すのだけれど、帰って聞いて見れば、決まって、あっーと叫び声を上げて、シマッタと云う顔を作るばかり。

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午刻、緑地公園などでプラスチック容器をぶら下げながら、額に汗して苔の生えた木っ端や石をひっくり返して、時折、頓狂な声をあげているあやしい中年を見かけたら、間違いなく、それは私だ。