十五少年冒険記

大方の様々な期待を裏切って、隣町の普通高校を受験することに決めた。記憶を辿れば25年以上前のことになる。

午後から最後の三者面談があった日。3時限目の体育のときに、別クラスの担任で体育の担当教師が授業の終わり際、皆を整列させて授業のまとめ話をし始めた。左手首の袖をめくり時計をちらりと見やってから、舌打ちひとつした後、思い出したように続けた。
「今日の午後からは、お前らの将来についてお父さんやお母さんとの三者面談だな」と言って、つま先あたりに目を落とす。
「今からどんなに頑張っても、到底いや絶対に志望する学校に入ることが出来ない場合、それを親御さんにどう説明するか、いかにスピードを殺した変化球を低めに投げれるか、これが難しいことなんだ。そう思うだろ」顔を上げて皆を見回して同意を求める。
「俺は考えた末に"お母さん、正直申し上げまして志望校を受験するのは冒険ですよ" と、後は判断を委ねることにしている。我ながらうまい表現だと思うんだ」
言ってすぐに、ガムにへばりついた銀紙を噛んでしまったような顔で「あ!! この事はB組(自身の担任クラス)のやつらには内緒な、ここだけの話な」ひとつ頷いてチャイムが鳴るのを待った。

穏やかな西日が長く薄い影を作り、そこはかとなく防虫剤の匂いが漂う廊下。共に順番待ちをしている友達と壁にもたれながら、これからの深刻な現実を意識して避けるように与太話をしていた。

友達の名が呼ばれて「じゃ」ポツリと言って教室に入っていった。並べた椅子に浅く座った自分とよく似た顔と、一瞬目が合ってしまい気恥ずかしさを感じた。

しばらくすると肩を落として友達が教室から出て来た。前で立ちすくむ息子の左肩を軽く二三度叩き、正面に座る私に似た顔をした女性に会釈をすると、友達の母は履き慣れないスリッパの音と共に廊下の角に消えた。
「どうした?」と声をかけると、綺麗に整えて十時十分を指している眉を少し上げながら、「"冒険ですよ"だってよ」と無駄に時間をかけ、丹精に作り上げた前髪のひさしを見上げて微笑んだ。私もあわせて微笑んで見せたが、真冬の朝に冷たい水で顔を洗った後のような感じだった。

名前を呼びながら、体育教師と公私共に仲が良いらしい担任が顔を出した。20分後に「これから残された時間、共に頑張ろうな」と言って担任は三者面談を締めた。

高校の合格発表の日。友達と2人で同じ高校を受験した友達の家にチャリンコで向っていた。向う先の友達の姉が、受験した高校に車で乗せて行ってくれるとのことだった。

友達の部屋には、試験会場である学校に向う道すがらで、他校の生徒と胸倉のつかみ合いになり、乱闘の既の所で皆に止められた私に対する残念ムードが漂っていた。
そんな居た堪れない雰囲気に耐え切れなかったのか、友達は他行を受験した "冒険ですよ" と言われてから、しゃにむに勉強を頑張った冒険野郎マクガイバーな友達に誘いの電話をした。

合格発表が流れるラジオに皆で耳をそばだてながら、車は3人の受験校を目指して走った。知った同級生の名前を耳で拾うたびに車中の緊張は高まっていった。
私は前出の事件(こと)があって半ばあきらめながら、流れる色の抜けた景色をぼんやりと眺めていた。トンネルに入るたび、受験のために不自然に黒い髪の毛と、シャープなもみ上げを拵えた顔が、ガラス窓に映るのを見て苦笑いした。

受験校を目の前にしてラジオで結果を知ってしまう。車が停まるのを待ちきれず、後部座席から飛び出し、規則正しく数字が並ぶ中に自身の受験番号を見つけた。無事に3名ともに合格。
マクガイバーの受験校に向う途中、ラジオは悲痛な現実をただ事務的に流した。折角ここまで来たんだから、直接行って確かめようと言ってはみたものの、マクガイバーはうつむいて「帰る」と言って「やっぱ冒険だったよ」とつぶやいた。彼を家に送った後、我々もなんとなく無言で帰路に着いた。

生まれて初めて空気の重さを実感した日だった。*1

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スイッチを入れたラジオから高校入試の話題が記憶を刺激して思い出したこと。外回りの車中に漂う空気に重さを感じて、ひとつ鼻を鳴らして窓を開け放った。

*1:その後2次募集でリベンジを果たし無事卒業した