ホンダくんー (3)

ホンダくんー (1)
ホンダくんー (2)

戸籍謄本や住民票の変更するに至るまでに 8kgほど体重を減らしてしまった。
減らした神経は測りえないものであったが、少なくとも外で生活していた 4年分は、それに充当すると思われた。
肉体的、精神的にも、減らしてしまったものを補うため、水を張ったタライに乾いたスポンジを放り込むように、寝る間を惜しんで過ごしていた頃。

勉強熱心なミウラくんから2度目の電話を受けて 2、3日ぐらい経った晩。

右も左も分からぬ場所で、若いグレート・デーン *1 のリード(紐)を手渡されて散歩を命じられたような、年の差のある相手とデートした疲労感を様々なところに感じながら、実家の自室への階段をあがるとドアが15cmぐらいの隙間をつくっていた。

ドアを開けると、ベッドの上で掛け布団の一部が即座に反応して、<このベッドに寝ることは許してやろう。ただし寝返りをするときには慎重にすることだ。それは長い時間をかけてベットまで誘うことの出来た女にしている腕枕から腕をそっと抜くときのようにだ。それが条件だ>「ニャー」と暗がりに乾いた声(なきごえ)をあげた

指折り数えて6時間は眠れることを確認した後、目覚まし時計の脇に携帯電話を置き、神経質で恰幅のいいルームメイトが、寝息を立てているあたりに慎重に足を差し入れ、枕に頭を乗せた。

朝7時42分発の電車が出発する合図の音。そのけたたましいベルの音は別珍に絡まっている埃のような高校時分の記憶。反射的に左手を伸ばし、枕もとの目覚まし時計が置いてあるあたりを何度か叩いてみたが、ベルの音は鳴り止まない。

強情で評判な瞼をこじ開けることに尽力しながら、暗闇で点滅する青色したあたりが音の発信源であることを確認した。転げ落ちてしまった目覚まし時計の緑色した針は 3時20分あたりを指していた。

左手親指を閉じた部分に押し込んでヒンジを開放させ、ディスプレイを確認すると見知らぬ電話番号が表示されていた。

寝ぼけている場合、時として信じられない行動をとってしまうことが多々ある。

昔、友達が家に遊びに来た時に寝ているところを起こされ、寝ぼけた状態で目の前にあったコタツの足を全部外し、コタツ布団もキレイに折り畳んで押入れに片付け、顔を洗いに行って部屋に戻ってコタツが無いことに気づき、寒さに縮こまる友達に、コタツをどこに隠したか激しく問いただして大喧嘩したことがあった。

長くなってしまったが、端的に言えば寝起き状態で受話ボタンを押してしまったってことだ。

「   ...ホンダさん」。

吐息を含んだ女性の声だった。
ティッシュでつくった「こより」で鼻腔をくすぐられるような、甘ったるい香りを受話口から感じた。

「...ぁわたしぃ...ナミですぅ〜」。

咄嗟に過去30年間 *2 の自分女性史で「ナミ」という女性を検索してみたが、残念ながら「該当無し」という結果に終わった。

「...今日は色々とありがとう。とても楽しかったですぅ〜...」。

受話口から発せられる南の島のお土産に貰ったチョコレートのような声と、そのちょっとした隙間で感じられる「ナミ」という名の女性宅の生活音にしばらく耳をそばだたせていた。

「...えっ、ホンダさん?」

ちょうど何ヶ月か前に経験したばかりだったが、また家を追い出されてしまった気分になった。

「すいません、ホンダさんじゃありません」

甘ったるいチョコレートが喉元で絡んでいるような声に、落花生の赤茶色した薄皮を喉元にはりつかせてしまったように答えた。

「...えっ!、あっ!やだ!すいませ〜ん...  (プツリ ツーツーツー・・・)」

その声の余韻にしばらく浸りながら、「ホンダくん」という見知らぬ人物にジェラシーを抱いていることに気づいて、思わずいつものように寝返りをうってしまい足元のルームメイトに「ミャー」と注意をされてしまった。

  • 最低1日/箱のタバコと晩酌をかかせないであろう上司がいる
  • 「ミウラ」という勉強熱心な取引先担当がいる
  • 「ナミ」という携帯電話からでも咽ぶような甘い香気を放つ女性

「ホンダくん」なる人物像をあれやこれやと想像していたら、その日2度目の目覚まし時計を探してしまうことになった。

  ▶ 「ホンダくん」 第四種間違電話遭遇 (女性の影が見え隠れした夜)

 ...To Be Continued ...Maybe =:p

  23

*1:大型犬の一犬種。大きな体格と穏和な性格の家庭犬として知られる。

*2:当時